「君はもうすぐ82歳になる。身長は6センチも縮み、体重は45キロしかない。それでも変わらず美しく、優雅で、いとおしい。僕たちは一緒に暮らし始めて58年になる、しかし今ほど君を愛したことはない。僕の胸のここにはぽっかり穴が空いていて、僕に寄り添ってくれる君の温かい身体だけがそれを埋めてくれる」
印象的な書き出しではじまるこの物語は、偶然の出会い、困窮する生活、激動の時代など、二人が歩んだ58年を振り返っていきます。
83歳になって、なぜゴルツは愛の物語を書こうとしたのか。
若い頃に書いた小説「裏切者」の中でドリーヌを登場させますが、彼女を真実とは異なる哀れな女として描いてしまいます。
それは文章にしてたった11行のことでしたが、ゴルツはその小説が人に読まれるたびに、自分が彼女を何度も中傷してしまうことに悩み、どうすればこれに終止符を打つことが出来るのか、ずっと思い患います。
「一体この11行を書いた時の僕とは何者なのか。あの7年間を、本当の意味で君が僕のためにしてくれたあの年月を、取り戻したいという狂おしい欲求を感じている」
やがてドリーヌが不治の病を患ったことからゴルツは、「互いの力によってそれぞれが自分自身を取り戻すことができた」2人の真実の物語を描くことを決意します。
この物語は次の文章で締めくくられます。
「僕たちは二人とも、どちらかが先に死んだら、その先を生き延びたくはない。叶わないこととはいえ、もう一度人生を送れるならば二人で一緒に送りたい、とよく語り合っていた」
出版されて1年後、二人は並んで眠るように旅たちました。
「要するに本質的なことはただ一つ、君と一緒にいることだ (中略)
君がその本質なのであって、君がここにいてくれる限り大切であると思えることもすべて、もし君がいなくなるようなことになれば、もはや何の意味も何の重要性もなくなってしまう」
「愛」について、男はどうしていつも気付くのが遅く、後悔するのだろう。
参考:「また君に恋をした」(アンドレ・ゴルツ著 水声社)
男と女 X (2010.5.31)