2012年05月31日

日本人の幸福

自分で起業して思うのは、さまざまな「休み」の理由により、なんて仕事が進まないのだろうということ。

週休2日にはじまり、春の大型連休、年間15日もある国民の祝日、お盆休み、年末年始休暇、年度末有給消化、予算施行の遅延 ・・・

こちらは24時間365日の稼動体制でいるのに、「休まれる」ことで、その都度、仕事の流れや勢いが止められてしまう。

なにごとも皆一緒という日本人独自の感覚もあると思いますが、それにしても、と思います。

民主党は観光の振興を通じて地域経済の活性化や個人消費の拡大を図るため、秋に土曜日と日曜日も合わせた5連休を設ける方向で法改正の検討に入るようですが、これ以上、お金を使わすために一斉に休ませなくてもいいではないかと思います。

個人差はあるにせよ、ずっと現役で働き続けられる社会の実現こそ、日本人とっては幸せなことなのではないか。

現役のまま100歳で亡くなった新藤兼人監督は、独立プロであるがゆえに、映画制作資金に大変苦労する生活を過ごされたと思いますが、それでも誰もが「きっと幸せな人生だったのだろうな」と思う大往生だったのではないでしょうか。

対価の会心 (2009.4.22)

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2012年02月05日

ザッカーバーグの手紙

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが、新規株式公開(IPO)の申請書類に添付した「株主への手紙」の全文が公開されました。

その中で、「ハッカーウエー」と呼ぶ独自の文化について、述べています。
意訳を含めて紹介すると、

1.素早い実行は完璧に勝る

何日もかけて「新しいアイデアは実現可能か」「最良の方法は何か」を議論するよりも、まず試作品を作り、どうなるかを観察すること。

2.自ら手を動かす

根回し(上司への機嫌取り)や、部下を管理することだけを仕事と思うのではなく、自ら手を動かすこと。

3.最も重要な問題の解決に焦点を合わせる
 
もし最大のインパクトを与えたいと考えるのなら、最も重要な問題の解決に焦点を合わせること。

4.速く動く
 
速く動くことでより多くのものを作り、速く学べる。
多くの企業は、失敗を恐れ、動きが遅い。しかし、速く動かなければ、失敗することもない。

5.大胆な決断
 
素晴らしいことをなし遂げるためには、リスクをとる必要(大胆な決断)がある。
多くの企業は本来やるべき大胆な選択を避けるが、最大のリスクは、リスクをとらないこと。世界の変化スピードは速く、リスクをとらなければ失敗が待ち受けている。

6.オープンな世界
 
より多くの情報があればよりよい選択ができ、大きなインパクトを与えられる。

7.人びとの結びつきを強める
 
オープンにすることで、人びとの結びつきを強め、人と人との関係性を重視すること。

モノづくりはITのようにはいかないよ、というロボット関係者の声が聞こえてきそうですが、最近、ロボットに関わる大企業の担当者と会うたび、あなた方は一体どこをみて(誰のために)仕事をしているのかと、ザッカーバーグの手紙を渡したい気持ちになります。

参考:日本経済新聞(2012.2.2)


歴史の転換真只中に (2011.2.1)
40と56 (2011.10.7)
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2012年01月24日

伊良部のような、マユミちゃんのような

夕食を終えた後、歯の詰め物が取れていることに気がついた。
知らない内に食べ物と一緒に飲みこんでしまったらしい。

しばらくそのまま放っておこうと思ったが、ポッカリ穴があいてしまうと、案外気になる。
自宅から一番近い歯科医院に予約を入れ、治療に行く。

その歯科医院は完全予約制のせいか、雪が降る寒い日のせいか、待合室に患者はだれもいない。
やがて、やたらテンションの高い助手兼受付嬢に名前を呼ばれ、診察室に入る。
診察室には小太りで、マスクをかけた目だけらんらんと輝やかした歯科医が、よだれかけを持って、待ってましたとばかり、うれしそうに診察椅子にかけるよう勧める。

詰め物が取れた歯に虫歯があるということで、有無を言わせず局所麻酔され、治療が始まる。
ところがこの歯科医と助手、キンキンギューンとうなる電子音に冷や汗をかく患者などお構いなしに、近所のおじさんの悪口にはじまり、今晩の料理はなにするとか、本当にどうでもいい話を治療中ずっと話し続けていた。二人だけの世界で、実に楽しげに、時には笑い合いながら。

えらいところに、来てしまった・・・・

治療を終え、歯の様子を鏡で見ると、詰め物は「銀」ではない。
「あれ! 銀のほうが良かった? 歯医者的には銀の方がもうかるんだけど、この方が時間もかからないからね」

今日は歯型をとられて、しばらく歯医者通いかと覚悟していただけに、まったく拍子抜けした。

「おもったより、時間かかっちゃったなぁ」
患者の容態より、時間配分のことばかり気にしている。

小説「イン・ザ・プール」(奥田英朗)の主人公、伊良部一郎は、マザコンで注射フェチの精神科医。セクシーな看護士・マユミちゃんと、様々な心の病いを抱える患者をハチャメチャな方法で治していく。
この小説の面白いところは、伊良部の治療行為にさんざん振り回される患者たちが、それでも伊良部の個性に魅了され、通院し続けるうちに、いつの間に完治してしまうところ。

鏡で確認した詰めものの仕上がりは、(舌による感触も)いい感じだ。
治療は今回で終わり、治療費も風邪薬代程度。

「お大事に----!!」、助手兼受付嬢のあっけらかんとした明るい声に送りだされ、歯科医院を出たとき、
伊良部の病院に通う患者の気持ちが、少しわかった気がした。
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2012年01月09日

オノレの刀を持って

三把刀(さんばとう)とは、
かつて、世界中に進出した中国人(華僑)の間で使われた言葉で、
料理 (包丁)、裁縫 (鋏)、理髪 (剃刀)の事。
この3つの刃物のうち、どれか1つでも一人前に扱う事が出来れば、世界中どこに行っても生きて行けると言う意味。

次女が生まれた1991年からの20年間は、日本はもちろん世界中が大きく揺れ動いた20年でした。

バブルとソビエト連邦の崩壊にはじまり、湾岸戦争、イラク戦争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、地下鉄サリン事件、アメリカ同時多発テロ、モスクワ劇場占拠事件、雲仙普賢岳噴火・火砕流、阪神・淡路大震災、三宅島・雄山噴火、スマトラ島沖地震・津波大被害、ハリケーン・カトリーナ被害、四川大地震、ハイチ地震、タイ大水害、ナホトカ号重油流出事故、和歌山毒物カレー事件、細川内閣成立(55年体制終結)、リーマンショック、世界金融危機、尖閣諸島中国漁船衝突事件、
そして、東日本大震災・津波大被害、福島第一原子力発電所事故・・・・

実に、実に多くの出来事が、まるでパンドラの箱から次々に災いが溢れ出たごとく、起こりました。

一方、1991年には無かったり、できなかったり、もしくは普及していなかった主なモノ・コトは、
Jリーグ発足、FIFAワールドカップ出場、なでしこジャパン優勝、サポーター、モンゴル人力士・横綱、横浜ランドマークタワー、レインボーブリッジ、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、関西国際空港、九州新幹線、東京メトロ、格安航空券、エコ、EU、ユーロ通貨、ハイブリッドカー、電気自動車、太陽電池パネル、ネットカフェ、コギャル、茶髪、ニート、メイドカフェ、ニューハーフタレント、ネイルアート、個人情報保護、シネコン、ケータイ、電子メール、スマートフォン、ノートPC、コンピュータセキュリティ、Windows、iモード、インターネット、DVDレコーダー、デジタルカメラ、液晶テレビ、iPod、iPad、iPhone、ワンセグ、ナンバーポータビリティ、地上デジタル放送、Wii、プレイステーション、音楽配信、電子マネー、電子書籍、ホームページ、blog、Wikipedia、Facebook、YouTube、Twitter、
そして、アシモ(二足歩行ロボット)、アイボ(ペットロボット)、ルンバ(ロボット掃除機)、HAL(パワーアシストスーツ)、パロ(コミュニケーションロボット)・・・・

その後のライフスタイルを劇的に変えるような多くのモノ・コトが登場しました。

これからの20年、やっぱりいろいろな出来事が起こるだろうけど、オノレの刀(強み)を持って、自ら時代を切り開いていっておくれ。


平成カウンターカルチャー (2010.1.10)


<参考:Wikipedia>

◎戦争・紛争

湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争(1991)
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992)
ルワンダ大虐殺(1994)
コソボ紛争(1999)
アフガニスタン侵攻(2001)
イラク戦争・フセイン政権崩壊(2003)
チベット暴動(2008)
ウイグル騒乱(2009年)
延坪島砲撃事件(2010)

◎テロ

松本サリン事件(1994)
地下鉄サリン事件、オウム真理教教祖・麻原彰晃逮捕、オクラホマシティ爆破テロ事件(1995)
ペルー日本大使館人質事件(1996)
アメリカ同時多発テロ(2001)
バリ島爆弾テロ事件、モスクワ劇場占拠事件(2002)
モスクワ地下鉄爆破テロ(2010)
ノルウェー連続テロ事件(2011)

◎自然災害・疫病

雲仙普賢岳の噴火と火砕流(1991)
北海道南西沖地震(1993)
阪神・淡路大震災(1995)
大腸菌O157発生(1996)
有珠山、三宅島・雄山噴火(2000年)
SARS・アジアを中心に世界的に大流行(2003)
新潟県中越地震、スマトラ島沖地震・津波大被害(2004)
ハリケーン・カトリーナ被害(2005)
能登半島地震、新潟県中越沖地震(2007)
四川大地震(2008)
新型インフルエンザの世界的流行(2009年)
ハイチ地震、チリ地震(2010)
ニュージーランド・カンタベリー地震、東日本大震災・津波大被害、トルコ東部ワン地震、タイ大水害(2011)

◎大事件・大事故

信楽高原鐵道列車衝突事故(1991)
高速増殖炉「もんじゅ」事故(1995)
豊浜トンネル岩盤崩落事故、薬害エイズ事件で帝京大学元副学長の安部英逮捕(1996)
ナホトカ号重油流出事故、東電OL殺人事件、ダイアナ元皇太子妃・パリで交通事故死、北海道拓殖銀行破綻・山一證券破綻(1997)
和歌山毒物カレー事件、北朝鮮テポドン発射(1998)
茨城県東海村・臨界事故、池袋通り魔殺人事件・桶川ストーカー殺人事件(1999)
営団日比谷線脱線衝突事故、西鉄バスジャック事件、世田谷一家殺害事件、雪印集団食中毒事件(2000年)
附属池田小事件、明石花火大会歩道橋事故、歌舞伎町ビル火災、雪印牛肉偽装事件(2001)
スペースシャトル・コロンビア号空中分解(2003)
JR福知山線脱線事故、構造計算書偽造問題発覚(2005)
ライブドア事件、村上ファンド事件、北朝鮮・テポドン2号発射実験及び地下核実験(2006)
中国製冷凍餃子中毒事件、秋葉原通り魔事件、元厚生事務次官宅連続襲撃事件、大相撲力士大麻問題(2008)
大相撲野球賭博問題(2010)
福島第一原子力発電所事故、電力不足、大相撲八百長問題・本場所開催中止(2011)

◎政治・政変

ソビエト連邦の崩壊、PKO協力法成立(1991)
欧州連合(EU)発足、細川護熙内閣成立(55年体制終結)(1993)
パレスチナ自治政府設立、ネルソン・マンデラが南アフリカ共和国大統領就任、北朝鮮の金日成死去(1994)
イスラエル・ラビン首相暗殺(1995)
小選挙区比例代表並立制(1996)
香港、イギリスから中華人民共和国に返還、消費税5%(1997)
単一通貨ユーロ登場、市町村「平成の大合併」、石原慎太郎・東京都知事当選、マカオ、ポルトガルから中華人民共和国に返還、パナマ運河、アメリカ合衆国からパナマに返還(1999)
介護保険制度開始、加藤の乱(2000年)
小泉内閣発足(2001)
東ティモール独立、住民基本台帳ネットワーク開始、初の日朝首脳会談。拉致被害者5名が日本へ帰国、学習指導要領改正・完全週五日制、ゆとり教育化(2002)
郵政民営化関連法案成立(2005)
サダム・フセイン元大統領死刑執行(2006)
サブプライムローン問題(2007)
リーマンショック、世界金融危機(2008)
ネパール王制廃止(2008)
バラク・オバマ・アメリカ合衆国大統領就任、金大中元大統領死去、非自民政権・鳩山由紀夫内閣成立(2009)
尖閣諸島中国漁船衝突事件、アウンサンスーチー・自宅軟禁解除、チュニジア暴動(ジャスミン革命)(2010)
エジプト騒乱・ムバラク政権崩壊、リビア内戦・カダフィ大佐死亡、アメリカ軍・ウサーマ・ビン・ラーディン殺害、ギリシャ財政危機、金正日死去(2011)

◎社会現象など

バブルの終焉(1991)
Jリーグ発足、サッカー・ドーハの悲劇、横浜ランドマークタワー・レインボーブリッジ完成(1993)
英仏海峡トンネル開通、関西国際空港開港(1994)
Windows95発売(1995)
Windows98発売、FIFAワールドカップ・フランス大会に初出場、黒澤明死去(1998)
iモードサービス開始、2000年問題(1999)
2000円札発行(2000年)
iPod発売(2001)
FIFAワールドカップ・韓国/日本大会が開幕(2002)
朝青龍明徳がモンゴル人力士初(外国人では3人目)の横綱に昇進、六本木ヒルズオープン(2003)
営団地下鉄民営化/東京メトロに(2004)
愛・地球博開催(2005)
ワンセグ開始、ナンバーポータビリティ開始、任天堂Wii発売(2006)
東京ミッドタウン開業(2007)
iPhone 3G発売(2008)
裁判員制度スタート、マイケル・ジャクソン死去(2009)
ドバイにブルジュ・ハリファオープン、はやぶさ (探査機)・小惑星イトカワから地球へ帰還、GDP世界3位(2010)
地上デジタル放送開始、FIFA女子ワールドカップドイツ大会開催・なでしこジャパン優勝、スティーブ・ジョブズ死去、世界人口70億人(2011)
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2012年01月05日

誰も気づいてくれなかった

公証役場事務長の監禁致死事件(以下:事件)で逮捕された平田信容疑者の出頭にまつわる顛末。

報道によれば、
平田容疑者は年内中の出頭を決意して大晦日午後、オウム服とヘッドギアを身に着けて都内を歩き回ったり、牛丼店で注文の際、語尾に「〜ポア」をつけて話したりするなど、自分が特別手配犯であることを必死でアピールしたが、誰も気づかなかった。

午後9時前、JR大崎駅から歩いて事件の捜査本部がある大崎署に向かったが、署の入り口(受付は2階)がわからず、仕方なく引き返した。

その後、公衆電話から警察のフリーダイヤルに10回ほど電話したがつながらなかったので、110番して「平田の事件を担当している署はどこか」と尋ねると「警視庁」と言われた。

JR大崎駅から山手線で恵比寿駅へ行った。恵比寿はかつて教団の施設があった場所で、今生の見納めと周辺をしばらくふらついた。

午後11時頃、東京メトロ日比谷線に乗り、霞ケ関駅で降車。
午後11時35分頃、警視庁本部を訪ね、警備に立っていた機動隊員に「平田信です。出頭してきました」と名乗り出たが、隊員は「髪が長く茶色で、顔もふっくらしており、身長も180cmもないように見えたため、手配書の平田容疑者とは別人と思った。年明け直前でいたずらも多い時間帯なので、悪質ないたずら」と判断。「家に帰っておとなしく猪苗代湖ズでも見てろ」と門前払いした。それでも容疑者が逮捕してほしいと懇願したため、隊員は丸の内署に向かうよう指示した。

午後11時50分頃、平田容疑者は約700メートル歩いて丸の内署に着いた。丸の内署の宿直署員に「平田信です」と再び名乗り出たが、「家に帰ってジャニーズカウントダウンライブでも見てろ」と、またも門前払いされた。

平田容疑者は近くのコンビニに行き、手錠を購入。その手錠をかけ、「特別手配犯、懸賞金500万円」と書かれた指名手配書をコピーしたボードを首から下げて、改めて丸の内署を訪れた。
外にいた警察官に「平田信です」と再び名乗ると「うそ」と驚かれ、「ほら、背が高いでしょう」と言うと「本当にそうなの」とまだ疑いの目で見られたが、あくまでも自分が平田信であると言い張る熱意に負けて、署内に迎え入れた。

署内でふるまった年越しそばを平田容疑者が右手に箸を持って食べた(右利き)ことから、同署に続々駆け付けた幹部らの間にも、「どうやら本物らしい」という緊張感が走った。
その後、指紋やホクロの位置で平田容疑者本人と確認。元日未明、平田容疑者を逮捕監禁致死容疑で逮捕した。

真偽のほどは、よくわからない。
ただ、年内中に出頭したいという平田容疑者の思いだけは成し遂げられた。


生きているのか、それとも死んでいたのか、なんて (2010.8.4)
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2011年12月08日

ニッポンへのゲートウェイサービス

航空機での移動は、ビジネスであれ、観光であれ、2時間もすれば飽きてしまい、後は、食う寝る遊ぶ(機内映画を観る、音楽を聴く)となってしまうものですが、
日本航空は、2012年3月の国際線(ボーイング787)で電子マンガが読めるサービス(SKY MANGA)を始めると発表しました。

小学館の人気作品30タイトル(各1〜3巻)を電子マンガで読むことができ、作品のラインアップは数カ月単位で変更するとのこと。

当初は、日本語だけのようですが、将来的には英語など外国語のサービスも提供するようなので、JALを利用して日本を訪れる外国人にも日本のフラッグキャリアらしいサービスとして、喜ばれるのではないでしょうか。

欧州からだろうが、アジアからだろうが、機内でハリウッド映画ばかり見せられるよりは余っ程、気が効いたサービスと思えます。


ハワイまで3時間 (2006.7.16)
車窓の未来 (2011.8.5)
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2011年11月08日

テイスティング・コメント

以前放送されたバラエティ番組で、ある比較実験が行われていました。

パリと東京で有名画家(ゴッホやムンクなど)の作品を見せ、まずその作品名を尋ねます。するとパリより東京のほうが作品名をはるかに正確に答えます。
次に、その作品の印象を自分の言葉で表現するようと頼むと、東京ではすぐに(老若男女を問わず)言葉が続かなくなるのに対して、パリでは高学歴のビジネスマンから、美術になどまったく関心がありそうもない露天商のおじさんまで、自分の言葉で永延(5分以上)と喋っていました。

ここ数年、山梨・勝沼のワイナリー巡りに出かけ、新酒をテイスティングさせてもらっていますが、今年は甲州ワインの地道な宣伝の成果なのか、はたまた効果的なプロモーション戦略が功を奏したのか、例年より1週早く開催されたワインツーリズムの参加者が激増し、特に若い人が大勢ワイナリーに押し寄せていました。

ワイナリー巡りをするとよーくわかりますが、ワインは作る土地、作る人、作り方よって、色、香り、味にそれぞれ個性がでます。

その個性を自分なりにどう表現(テイスティング・コメント)するか。

「色調は澄んだ琥珀色。香りは洋梨、グレープフルーツとレモングラスのような上品さがあり、口当たりはしなやかの中にも力強さがある」

この程度であれば、まぁなんとか表現できると思いますが、ソムリエのテイスティング・コメントの中には、
「草刈り後の草のような」とか、「濡れた犬」とか、「鼠臭」など、お互いが同じ言葉の意味を知っていなければ伝わらない独特の言い回し表現があり、なかなか一筋縄ではいきません。

とはいえ、ワインを飲んで、単に「おいしい」とか、「いい香り」と言うだけでは、そのワインの本当の良さが一向に伝わらないもどかしさがあります。

なので、無理をしてでもなんとか言葉をひねり出し、香りや味を自分なりに表現することが大切で、そのためには、五感をフル稼働させて、適切な言葉が出るよう訓練する必要があります。

スポーツ選手が試合後のインタビューで、なにを聞かれても、ただ「良かったです」とコメントする姿を見るにつけ、自分の言葉を紡ぎ出すための訓練の大切さをあらためて思います。


B級グルメに踊る (2010.9.22)
ボジョレーより、カツヌマ (2009.11.8)
フランス料理が得意なロボット研究者 (2006.9.11)
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2011年10月18日

果てしなき徒労

神々がシーシュポスに課した罰は、自ら岩をころがして、山の頂まで岩を運び上げるというものでした。
しかし、シーシュポスがあと少しで岩を山頂に届くところまで押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、シーシュポスはまたはじめから岩を運び上げなければなりません。

「シーシュポスの岩」で有名なこの永遠の苦行は、「果てしない徒労」を意味します。

福島市は、住宅や学校など市内全域の生活空間での放射線量を2年間で毎時1マイクロシーベルト以下にすることを目指した本格除染を開始しました。

福島の他の地区でも本格的な除染作業が今後始められると思いますが、コンクリートやアスファルトで覆われている都市部はまだしも、山間部や森林に近い地域はどうするのでしょう。

一度、表土を剥いで除染したとしても、雨が降り、風が吹けば近くの山野から運ばれた放射線により再び汚染されてしまいます。

チェルノブイリでは30キロ圏内の除染を「とても無理」と途中で諦めましたが、日本では例え100年かかろうとも毎時1マイクロシーベルト以下になるまで除染作業は進められる勢いです。

「シーシュポスの岩」と「フクシマの除染」。

永遠に繰り返されるこの「果てしなき徒労」には、しかし、あきらかな違いがあります。
ひとつは無益な労働に従事しなければならぬに至った、その原因。

シーシュポスの場合は、神々の怒りをかった自らの行いが原因であるのに対し、
フクシマは、東京電力福島第1原発事故による人災であること。

もうひとつは、
シーシュポスが、その罰を自らの身をもって償うのに対し、
フクシマは、東京電力が自らの身をもって償うのではなく、汚染された地元民や電力使用の選択肢のない国民が「果てしなく」罪滅ぼしをしなければならないこと。

東京電力の罪は、「果てしなく」重い。


頭をよぎること (2011.9.30)
一通の転居ハガキ (2011.9.1)
死に神に名刺をもらって (2011.3.23)
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2011年10月07日

40と56

スティーブ・ジョブズ氏の訃報を聞いて、ジョン・レノンが暗殺された日のことを想いました。

技術と音楽で、新しい価値や新しい生活スタイルを示しながら、時代と共に生きてきたことが、そう思わせたのかもしれません。

定めである人の一生に、短いも長いもないとはいえ、40歳(ジョン・レノン)、56歳(スティーブ・ジョブズ)という年齢は、50歳を前に亡くなった信長が、その後の日本人の死生観に少なからずの影響を与えたように、これからを生きる世界の若い人たちに、その年齢までに自分は何をするのか、自分は何をしてきたのか、先を見据え、また過去を振り返る、人生の指標となっていくことでしょう。


男がギムレットを飲みたいとき (2007.4.5)
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2011年09月30日

頭をよぎること

30年を超える団地やマンションでは、居住者の高齢化に伴い、自治会の有り方や自治会費の用途の見直しが行われるケースが多くなっています。

僕の住んでいるマンションでもこれまで業者にまかせていた清掃業務を削減したのに伴い、年数回、マンションの回りのゴミや落ち葉を集めたり、雑草の刈り込みを自治会で行っています。

今年は自治会役員ということもあり、春先から雑草の刈り込み作業に参加。
そんな折、
文部科学省から「埼玉県と千葉県の航空機モニタリングの測定結果」が発表されました。

これは、ヘリコプターを使って、地表面から1mの高さの空間線量率と地表面への放射性セシウムの沈着量を計り、マップ化したもの。
千葉県に関していえば、柏市など北部の地域が他の地域に比べて放射性セシウムに汚染されていることがわかります。

僕の住むあたりの汚染度はあまり高くないようですが、それでも落ち葉を拾ったり、雑草を刈ったりする作業は、あまり気持ちの良いものではありません。

環境省は、福島第1原発事故に伴う放射性物質の除染や汚染がれきの処理にかかる国の負担が2011〜13年度までの3年間で少なくとも1兆数千億円に上るとの見込みを発表。
また、政府は緊急時避難準備区域の解除を決定した。

芝刈り作業後、汗をかいたのでシャワーを浴びましたが、「除染」という言葉が頭をよぎりました。


一通の転居ハガキ (2011.9.1)

posted by カーサ at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

すべて、おとなの都合

小学生の頃、運動会が近づくと校庭をなんども行進させられたり、整列の練習を繰り返しやらさられたりして、そのあまりのしつこさに嫌気がさし、運動会自体を休んだ(ボイコット)ことがありました。

親になると、運動会は子供の成長記録として欠かせない一大行事になるわけですが、子供本人にとっては、ただただわずらわしいだけだったりします。

夏の暑さがぶり返し、気象庁が高温注意情報を出して熱中症の注意を呼びかけているにもかかわらず、運動会練習中の児童が熱中症で倒れたと報じられています。

学校関係者も当然注意はしていたでしょうが、団体行動を強いられている子供たちは、体調に異変が起こり始めても、ぎりぎりまで我慢してしまいがちです。

僕の子供の頃、運動会といえば10月体育の日前後の休日でしたが、授業日数の関係か、先生の都合か、保護者の要望か、理由は良くわかりませんが、いつの頃からか1学期(6月)とか、9月中旬の土曜日になされることが多くなりました。

深夜、早朝から場所取りに並び、プロ顔負けの望遠レンズやビデオムービーの方列が群れをなし、一族郎党を挙げての熱狂ぶりに、教師たちもその期待に応えようと、また、来賓席に陣取るお歴々に努力の成果をしっかりアピールするためにも、学校は予行練習にやたらと力を入れます。
しかし、いまだ残暑厳しいこの時期に炎天下での団体行動は、子供たちに過酷な環境を強いているはず。

運動会をもっと涼しい季節に戻せないものなのか。
これだけ熱中症の危険が叫ばれているのに、「おとなの都合」だけが優先されています。


熱中症対策ロボット(2010.7.27)
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2011年09月01日

一通の転居ハガキ

この夏、一通の転居ハガキが届きました。
差し出し人は、大学の後輩。転居先は沖縄県宜野湾市。

彼とは、大学卒業以来年賀状のやり取りをする程度でしたが、昨年、ロボティック・ドラマを上演した際に数十年振りに再開。誠実で朴訥な人柄は今も変わっていませんでした。

それにしても都内で公務員として働いていた彼がどうして沖縄に転居することになったのか。
早速、連絡してみると、下記のメールが返ってきました。

「早速のご連絡ありがとうございました。
実は、私が役所を辞めて沖縄に転居したのも、原発の放射能から逃れるためでした。
ご存知かと思いますが、私は大学時代から、反原発運動に関わって参りました。
政府は絶対に口に出せないでしょうけれど、今の関東の状況は、決して安全とは言えないと思います。10数年後には、チェルノブイリの立入禁止区域周辺のように、甲状腺癌をはじめとする各種の癌に罹る人が倍増することになると思います。
ヘビースモーカーの私としては、タバコが原因で肺癌になるのでしたら悔いはありませんが、30年以上も反対してきた原発のせいで癌になるのは、悔しくて我慢なりません。
とにかくFUKUSHIMAから出来るだけ遠く、日本語が通じる場所として沖縄を選びました。
今回の地震が起きるまで、沖縄などには全く興味がなく、もちろん訪れたこともありませんでした。
仕事も知人もなく、ゼロからの「第二の人生」を50歳にして踏み出すこととなります。
とりあえず、今年一年は職さがしをせずに、沖縄に馴染むことに費やそうと思っています。どうぞ暖かく見守ってください。
小林さまもくれぐれもお身体を大事になさってください。
それでは、失礼いたします」


死に神に名刺をもらって (2011.3.23)
はっきり言って、東京電力の電気は使いたくないし、電気代も払いたくない。(2011.4.6)
ロボティック・ドラマ 3原則 (2010.4.10)


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2011年08月15日

偶数月の15日

偶数月の15日、といってピンとくる人は、主に年配の方でしょうか。

年金の支給日のこの日、ATMには早朝から年配者の列ができます。
場所によっては振り込め詐欺防止のために、警備員を配置したり、注意を喚起する音声ガイドが頻繁に流れたりしています。

普段は家や近場でごろごろしている年配者も、この日だけは街中のATMに出かける方も多く、今日も日中の猛暑にかかわらず、街中に年配者の姿が目立ちました。

普段カツカツの生活をしている方もこの日だけは財布のヒモが緩みがちのはずですが、
年金支給日になにかしらのサービスを行っているのはパチンコ店やゲームセンターなどごく少数。
飲食店などではあまり行っていないようです。

公的年金実受給権者数は、約3,700万人。支給額は月額平均5万円〜15万円。
支給は2ヶ月に一度、確実に行われます。

重い腰をあげ、街中に出てきた年配者を対象とした「年金支給日サービス」を商店街などでもっと実施したらいいのにと思いますが、どうなのでしょう。

所在なげに、ぶらぶら街を彷徨う年配者を見るたび、思います。


高齢者のネーミング (2008.4.3)
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2011年08月08日

ネットが「カルチャーの中心」に踊り出る日

韓流ドラマやK-POPにまったく関心がない身でも、ここ数年のマスコミによる過剰な韓流報道や、レンタルビデオショップでの韓流ドラマの過剰在庫に、「なんで?」と、かなり違和感は覚えていました。

2ちゃんねるやツイッターなどの呼びかけで行われた昨日のお台場・フジテレビへの抗議デモ。

参加者には、中学生やカップル、子ども連れの母親など、「デモプロ」ではない普通の人も多く、デモの許可が警察から下りなかったことから、「散歩」と称して、フジテレビの周囲を1時間ほど練り歩いたようです。
その様子は「ニコニコ生放送」や「ユーストリーム」でも生中継され、10万人を超える視聴がありました。

“8月8日フジテレビの日”にはフジテレビを視聴しないことも呼びかけられており、また、提供スポンサー商品の不買運動も行われようとしています。

SNSなどのWeb経由で情報を発信、収集し、リアルな場所に短期間で大人数を集めた中東の「ジャスミン革命」日本版のような今回の動き。
(その対象が政府ではなく、巨大マスコミというところが、ポイント)

フジテレビをはじめ、昨日の「散歩」を大きく取り上げたTV局はないようですが、果たして本番の「21日」にはどうなるか。

あくまで、
警察はデモを許可しないのか。

いよいよ、
スポンサー商品の不買運動に発展するのか。

それでも、
フジテレビをはじめ他のTV局も、だんまり無視を決め込むのか。

2011年8月21日、
TV局が「地デジカ」などとカラ騒ぎを繰り拡げた末に、ネットが「カルチャーの中心」に踊り出た日として、記憶されることになるかもしれません。


参考:J-CASTニュース(2011.8.7)

歴史の転換真只中に(2011.2.1)
平成カウンターカルチャー (2010.1.10)
はやぶさの帰還の重み (2010.6.14)
現代の二.二六 (2010.11.5)
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2011年08月05日

車窓の未来

夏休み、車で家族旅行という方も多い事と思います。しかし、小さい子供にとって狭い車内空間は耐えがたく、すぐに飽きてしまうので、なんとか子供がグズつかないように絵本やゲーム、おもちゃなど様々なモノを積み込んでの出発となりがちです。

欧州トヨタが発表した、車のウインドウにAR(拡張現実)技術を施すことで、車窓を新たな情報空間にする「Window to the World(世界へつながる窓)」というコンセプトは、とても楽しい試みです。

イメージビデオでは、リアシートに乗った女の子が窓をキャンバスにお絵かきを楽しんだり、窓の外の動物をズームアップして観察してみたり、様々な物の名前が文字情報として窓に映し出され、正しい発音で教えてくれたりもするシーンが出てきます。

車ばかりでなく、新幹線などもAR技術を使うことで、車窓に流れゆく景色(村や山の名前、古戦場や災害の歴史、特産品や名物料理など)の情報を得ることができれば、子供たちも飽きないでしょうし、大人も、味気なかった出張の行き帰りが実りある、楽しいものになるかもしれません。

参考:カービュー(2011.8.3)

台風18号とセカイカメラ (2009.10.10)
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2011年07月18日

男と女Z

サッカーには神様が、いる。
実力がなければ、試合には勝てないけど、やはりサッカーには神様が、いる。

本当にあきらめなかった。
1995年のラグビーワールドカップで、ニュージーランドを破って初優勝した南アフリカチームに匹敵する、歴史に残るすばらしい試合だった。

そしてTUNAMI、KIZUNA、TOMODACHIと共に、NADESIKOが世界の言葉になった。

不屈のシンボルの優勝トロフィーが被災地を回ることで、勇気と希望を感じることができると思う。

それにしても、
個人的に興味があるのは、佐々木監督の女子掌握術。

このW杯優勝で、俄然ヤル気をだし、勢いづくだろう女性との付き合い方に、ますます頭を悩ます御同輩、特に職場に女性の多い男性諸兄にとって、女性をイキイキと躍動させる佐々木監督の女子掌握術は、ものすごく参考になるのではないか。

いつも笑顔を絶やさず、些細なことにも耳を傾け、気使い、ほめあげ、リスペクトして、最後まで信頼する …

人知れず、大変な苦労があったことだろう。

「なでしこ」の花言葉は、大胆、勇敢、野心、そして燃える愛。
また、古くは常夏(とこなつ)ともいったそう。

かなわないなぁ。


イケイケ塚田とすばらしき面構え (2010.4.19)
水着街着とヒゲと (2010.8.16)
0対35 (2006.9.10)
男と女 Y (2011.2.14)
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2011年05月22日

シュラシュシュシュー

香川民謡「金毘羅船々」の歌詩「こんぴら ふねふね 追手に帆あげて シュラシュシュシュー」は、「ずいずいずっころばし ごまみそずい」と共に、ずいぶんとヘンテコな歌があるもんだと子供心に思っていました。(追手に帆あげては、「おいけにふかれて」とばかり思っていましたが)

先日NHKで放送された「新日本風土記 こんぴらさん」。

こんぴらさん(金刀比羅宮)は、身分や職業を問わず、どんな願いでもかなえてくれる庶民の神様。
江戸時代には海の神としてあがめられ、北前船の航路に沿って信仰が日本中に広がり、今では社の数800を超え、ハワイやブラジルにも建立されているそうです。

以前、東京芸大美術館で開催された展覧会で、金刀比羅宮書院に描かれた円山応挙や伊藤若冲の襖絵を観る機会がありました。
また今年春には、現在書院で進行している田窪恭治氏による「ヤブツバキ」の襖絵を観て、金刀比羅宮が放つその先鋭的な美意識と、こんぴら歌舞伎に代表される庶民の娯楽志向との落差に面白い神社があるものだと思っていました。

番組では、27代も続く「五人百姓」と呼ばれる神社公認の土産物屋(と言っても売っているのは「飴」だけ)の存在理由や、宮司が居ないため、難しいことがわかりそうという理由だけで、中学校の校長が代々祝詞を担当している与那国島の金毘羅宮などが紹介されていました。

こういうなんでもありなところが、日本の神様のおおらかで、よいところ。

もともと金毘羅宮は神仏習合(※)の結果、象頭山金毘羅大権現と呼ばれていましたが、神仏分離以降、ご神体は象頭山内の松尾寺金光院に秘仏として置かれているそうです。

さて、お座敷唄としても有名な「こんぴら ふねふね」ですが、そのちょっと酔狂で、リズミカルな調子が好まれ、榎本健一(サイコー!)、ザ・ピーナッツから、ピンキーとフェラス、そして初音ミクにまでカヴァーされています。

※土着の信仰と仏教信仰を折衷して、一つの信仰体系として再構成(習合)すること (ウィキペディア)

江戸ランドスケープ (2007.7.22)
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2011年03月30日

もうひとつの、被災地を往く

千葉県習志野市は、国道14号線(千葉街道)を境にその南北で街の景観が大きく異なります。
東京湾に面した南側は、1960年代から1970年代半ばにかけて京葉港の埋め立て地として宅地造成され、「袖ヶ浦」(第一次埋立て地)、「秋津」「香澄」(第二次埋立て地)が誕生しました。

とにかく、ひどい状況」という袖ヶ浦に住む妹に、周辺を案内してもらいました。

そこでは、道路や庭先から液状化した砂があふれ出し、すべての側溝が砂で埋め尽くされていました。
あふれ出た砂がトラック2台分にもなったお宅もあり、家々の前には、かき出された大量の砂と、雨が降った際に土の流出を防ぐための土嚢がうず高く並べられていました。

アスファルトの道路は真ん中から亀裂が入り、盛り上がり、陥没。電柱は斜めに倒れかけ、1m以上地中に沈下。また、ほとんどの家の玄関先は道路と10cm〜30cm位の段差ができ、至るところで塀が崩れていました。また、地震の圧力で側溝の幅が半分になったところも。

町のあちこちで砂を取り除く小型油圧ショベルやダンプカー、たわんだ電線を工事する車両、汚水を吸引するタンクローリー等が行き交い、下水管の修復工事のため、至る所が通行止めに。
「キケン」と張り紙された家屋の傾きを計る測量士の姿も多く見られました。

道路や家屋、電信柱などが歪んでいるため、歩いていると並行感覚がおかしくなりそうです。
町が痛み、悲鳴を上げているのを、実感します。

妹の家は幸い無事でしたが、それでも駐車スペースと道路とに段差が生じ、また、下水管の大元が壊れたため、今も排水ができず、風呂やトイレ、洗濯、料理の片づけなどに、思うように水が使えない生活が続いています。
(少しくらい流しても大丈夫だろうと洗濯機を回したお宅では汚水が逆流して、その始末に大変な思いをしたようです)

市の説明では、仮復旧に3ヶ月、本格復旧の見通しは立っていない、復旧するための経費は100億円規模になるのではないかとのこと。

また、傾いた家屋や倒壊した塀などの修復費は、例え地震保険に入っていても、対象とならないケース(傾斜度合いなど)も有り、家のローンも抱え、自前でどこまで修復できるか思案している方も多い。

3月24日、習志野市は千葉市美浜区、我孫子市及び浦安市と共に東北地方太平洋沖地震災害救助法が適用された。


帰宅難民となり (2011.3.13)
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2011年03月13日

帰宅難民となり

11日午後、港区虎ノ門で福祉用具についてのセミナーを取材しているその時、大きな揺れがありました。

セミナー会場は16階建の5階でしたが、机や椅子が前後左右に引っ張られるように動き回り、部屋の間仕切りが激しく揺れ続きました。(14時46分)
揺れが収まると、参加者の多くが携帯やスマートフォンで地震情報を確認しはじめ、東北地方で震度7、大津波警報が出された事を知りました。
これは大変な災害になる、また大きな余震も来ると思いましたが、何事もなかったようにセミナーは続けられました。

しばらくすると、再び大きな揺れが起こり(発表者はそれでも主催者が留めるまで発表続ける生真面目ぶり?!)、セミナーは一時中断 (15時15分) 。
これ以上発表者に付き合いきれないと、非常階段 (壁面にはいくつも亀裂が生じていた) でビルの外に出ました。

歩道にオフィスビルから飛び出してきた多くの会社員で溢れ、中には災害用の白いヘルメットをかぶった若い女性の姿もありました。

NTTドコモの携帯電話は通話もメールの受信もできませんでした。道沿いの公衆電話はどこも長蛇の列で、タクシー乗り場や都営バスの停留所(渋谷駅行き)にも、多くの人の列ができていました。

夕方横浜に行くことになっていたため、交通情報の確認をしなければと思い、虎ノ門の駅に向かいました。
駅で首都圏の交通がマヒしていること確認 (15時20分)し、とにかくもっと情報を得なければと、新橋のSL広場を目指しました。

SL広場前は大型スクリーンで地震と津波の映像を見入る人で溢れかえり、上空をTV局のヘリコプターが旋回していました。またJR新橋駅では電車の運行の見通しがたたないこと、駅構内に居るのは危険なのですぐに立ち退くよう繰り返し放送していました。(15時30分)

交通機関がストップし、高速道路も閉鎖されたことから、帰宅するまでには相当時間がかかると腹を決め、まずは身を寄せられる場所の確保を考えました。

徒歩40分程の柳橋に友達がいるのでそこを目指そうとも思いましたが、まだ本人と連絡が取れないこと、無理して行っても友達が家に居ない可能性もありました。
余震も頻発し、ビル街を歩くことはリスクもあり、また気温も下がり始め、雲ゆきもあやしくなってきたので、暖房も効き、きれいなトイレのある丸の内のオフィスビル街を目指すことにしました。
東京駅もどうかとも思いましたが、駅は人で溢れかえるだろうと考え、やめました。

日比谷から晴海通りを抜け、仲通りに入ると小雨が降り始めました。
NTTドコモのショップが目に留まり、そのビル(新有楽町ビル)に入るとエレベーター前のテレビモニターでニュース映像を流しており、そこで一息つくことにしました(15時45分)。

トイレに行き、自動販売機でお茶を買い、しばらくテレビモニターで災害情報を収集。その後、ケータイを充電するため、ドコモショップへ行きました。(16時15分)

ショップはケータイを充電する人や予備の電池を求める人などで大変な混雑でしたが、ケータイを係の人に預け、充電を依頼(18時にショップは閉まるのでそれまでには取りに来てくださいとのこと)。それから夕食を買いに近くのコンビニに行きましたが、人がたくさんいたのであきらめ、近くのビルの地下でお弁当を買って新有楽町ビルに戻りました (16時30分) 。

首都圏のJR線のその日の運行中止が伝えられた頃、ビルの通路に青いビニールシートが次々に敷き始められました (16時45分頃) 。

ドコモショップで預けていたケータイを受け取り、テレビモニターのある場所に戻ると、青いビニールシートには早目に仕事を切り上げたOLやビジネスマンなど多くの人が靴を脱いで、疲れた体を休めていました(17時30分)。

僕もビニールシートに座り、まずは腹ごしらえ。
それから、夜間小腹が空いたときに備え、ドラッグストアでキャンディとガムを購入し、安否確認の通話とメールを何度か行いました。しかし、全くつながらない状態が続きました(〜18時頃)。

18時半頃、館内放送で営団地下鉄の一部が動き出したとのアナウンスが流れると、ビニールシートで体を休めていた人たちが少しずつ立ち去り始めました。

その後、ビルに入居している企業の防災担当者(男女)が大きな段ボールを抱えて現れ、毛布代わりの防災時用アルミシート(120×250cm)を一人ひとりに配り始めました。また携帯カイロと水(紙コップ)を必要な人に渡しました。
ビニールシートに座っていた人たちの中にはアルミシートに包まって早々と横になる人もいました。
ドコモショップは閉店後、セルフ充電機器を店舗前に設置したので、多くの人が使用していました。これはとても助かりました。

19時頃、ようやく安否確認メールの受信ができるようになり、柳橋の友達とも連絡が付きました。
柳橋には歩いて行くこともできましたが、都営浅草線が浅草橋まで動き始めたとのアナウンスがあり、東銀座から都営浅草線に乗ることにしました。
しかし、今行っても駅構内も電車も混んでいるだろうから、もうしばらく様子を見ることにしました。

22時を過ぎると、一部の灯りを残し、館内が暗くなったので、ビルを出て東銀座駅を目指しました(23時)。

有楽町から銀座にかけてはいつもの金曜日の夜の様でした。
ネオンも光輝き、歩道には一杯飲んだ多くの会社員が行き帰していました。タクシーを待つ長い行列や晴海通りの渋滞をみれば、まるでバブル時代の週末を見ているかの様でした。

東銀座駅はとても空いていて、浅草橋駅停まりの電車もすぐ来ました。車内も新聞が読めるくらいでした。

渋滞し、車がほとんど動かない江戸通りを越えて、柳橋の友達の家に到着したのは23時半過ぎでした。

それにしても、なんと整然とした光景なのでしょう。
虎ノ門のオフィスビルから歩道に飛び出してきた人たちも、バスやタクシーを待つ人も、また丸の内のビルに避難してきた人も、夜の銀座を道行く人も、ほとんど動かない大渋滞にはまったドライバーも。
半ば諦め、運命を受け入れるしかないと諦観したような印象。

翌日、
やっと動き出したぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り、いつもの倍以上の時間をかけて帰宅 しました。

マンションに着くと、受水槽が破損により断水したので公園の水を使うようにとの張り紙と2Lのミネラルウォーター1本が玄関前に置かれていました。

翌日の夕方、受水槽が復旧。復旧したことを各戸に知らせに行く(今年は自治会の役員)と、高層階は相当揺れがあったようで、不安から集会所で一夜を過ごしたご高齢の方もいました。
高層階は水を汲みに行くのも一苦労だったので、早く復旧して本当に良かった。

その夜、政府は14日からの輪番停電実施を発表。
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は、「不屈の日本」と題する社説を掲載した。
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2011年02月23日

極私的実証実験のススメ

14回もの不妊治療の末、アメリカで行った体外受精により先月男児を出産した野田聖子衆院議員が、「事実婚」の関係にあった男性との婚姻届を提出したことを明らかにしました。

「夫が私の意思を尊重してくれて、ムスコの出生届の直前に婚姻届を提出し、野田聖子であり続けることになった」

夫が「(男児の)戸籍上の父になりたい」と希望し、「野田」姓に改姓したといいます。

「夫の代償を思うと、やはり、夫婦が自己責任のもと、自分の家庭の基盤となる、名字のありかたについて、選択出来るような社会は特段、他者を傷つけるものではないので、許容すべきと思う」。

野田氏は、これまでも自身の体験に基づいて、生殖医療や少子化、夫婦別性、児童ポルノなどの問題に取り組んできましたが、体外受精による妊娠、50歳での高齢出産、夫の「野田」姓への改姓など、まさに「体を張った」私的な実証実験ともいえる活動を行っています。

野田氏が提起する生殖医療や夫婦別性についてはいろいろな意見もあり、賛否も分かれていますが、自ら体を張った主張・行動というのは、やはり迫力が違います。

野田氏は、ブログでつぎのようにも述べています。
「夫が、ふたたび、彼のご両親が心をこめて名づけてくれたフルネームを名乗れるようにしてあげたい」

気骨を感じます。


さきがけ塾のころ (2007.1.24)
戦士の顔 (2007.12.3)
修羅場顔認識 (2009.1.13)
posted by カーサ at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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