2011年03月23日

死に神に名刺をもらって

黒澤明監督の美しい映画「夢」。
その第6話「赤富士」では、原子力発電所が爆発して、着色された放射能から人々が逃げまどう悪夢が描かれています。

赤色は、プルトニウム239 
黄色は、ストロンチウム90  
そしてセシウム137は、紫色で。

爆発により、富士山が赤く溶け出した後、中年の男と青年、そして幼い子供を連れた女が荒れた海辺に逃げてきます。

中年の男
『放射能は目に見えないから危険だからといって、放射能分析の着色技術を開発したってどうにもならない。知らずに殺されるか、知ってて殺されるか、それだけだ。
死に神に名刺をもらったってどうしようもない。(中略)』

青年
『放射能で即死することはないというじゃないか、なんとか・・・』

中年の男
『なんともならないよ、うじうじ殺されるより、ひと思いに死ぬほうがいい』

幼い子供を連れた女
『そりゃ、大人は十分生きたんだから死んだっていいよ。でも、この子たちはまだいくらも生きちゃいないんだよ』

中年の男
『放射能に犯されて死ぬのを待っているなんて生きていることにはならないよ』

幼い子供を連れた女
『でもね、原発は安全だ、危険なのは操作ミスで原発そのものに危険はない。絶対ミスは犯さないから問題はないとぬかした奴は許さない! あいつら皆んな縛り首にしなくちゃ、死んだって死に切れないよ!!』

中年の男
『大丈夫、そりゃ放射能がちゃんとやってくれますよ。すみません、僕もその縛り首の仲間の一人でした』

その後、中年の男は海に飛び込み、やがて着色された放射能が流れてきます。
幼い子供を連れた女は逃げまどい、青年は上着で必死に放射能を追い払おうとします。

黒澤監督は、作家のガルシア・マルケスとの対話(※)の中で、
『もし過ちを犯してしまったら、放射能というものはどうにも収拾がつかない性能をもっているわけ。決定的なものを持っているわけよ。過ちを犯したら、もう地球には人間がいられないみたいなことになる。われわれは絶対過ちを犯さないからって言われたって、それは困る』
と、述べています。

今日3月23日は、黒澤監督の生誕101年。


※月刊「宝石」(1999年6月号/光文社)
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2011年02月01日

歴史の転換真只中に

誰が今のエジプトの事態を予期できたでしょうか。
カイロ中心部に集まる100万人の民衆。チェニジアの政権転覆から、僅か半月足らずでの急展開です。

チェニジアやエジプトの若者たちが行動を起こす原動力になったのは、ソーシャルメディアの存在。特にfacebookを通じて自然発生的にデモが組織されていったようです。

ハーバード大学の学生マーク・ザッカーバーグがFacebookをいかに生み出し、世界で5億人が利用するSNSとなったかを描く、映画「ソーシャル・ネットワーク」は、アーロン・ソーキンの秀逸な脚本、監督のデヴィッド・フィンチャーの際立つ映像センスにより、見事な作品に仕上がっています。

映画の内容は「現実とは違っている」とザッカーバーグ本人が言っている通り、映画ならではのドラマチックな展開となっていますが、すばらしいと思ったのはITの勢い、スピード感をそのまま過剰なほどの映像とセリフで表現したところ。

なにより「今」という時代を描いています。

実際、チェニジアやエジプトの動静を伝えるTVのニュース映像は、まるで映画の続きを見ているかのよう。

facebookやウィキリークスが登場して僅か数年。
これからいくつの政権がインターネットによって倒されていくのか。
我々は今、歴史の転換真只中にいます。


現代の二.二六 (2010.11.5)
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2010年07月16日

才人ウッディ・アレンをして

先日NHKBSで放送されたイングマール・ベルイマン監督の「秋のソナタ」。
大学生の時にロードショーで観て以来、久しぶりに鑑賞しましたが、リブ・ウルマンの神懸かり的演技にやはり圧倒されました。

ウッディ・アレン監督が40本を超える自身の映画作品についてインタビューに答えています。

「40作品中30本が傑作で、あとは8本の崇高な失敗作と、2本の汚点。そのぐらいの配分であってしかるべきだったが、そうはならなかった。
どれも映画界の標準からすればそこそこ楽しめる作品だったかもしれないが、黒澤やベルイマン、フェリーニ、ブニュエル、トリュフォーといった人たちの映画を見たあとに私の映画を見るといい。(中略)ある程度の年齢になると、人は自分の凡庸さを認めざるをえないものだ」。

村上春樹氏は著書の中で、
「若いときに優れた美しい、力のある作品を書いていた作家が、ある年齢を迎えて、病弊の色を急激に濃くしていくことがある。(中略)それまで培ってきたテクニックや方法をうまく用い、余熱のようなものを利用して作品の形をただととのえていくしかない。それはごく控え目に表現して、決して心愉しい人生の道のりではないはずだ」

映画にしろ、文学にしろ、30本も40本も作品を書き続けられること自体、それだけで大変な才能と思いますが、その中で10本傑作と言われる作品を残せる作家はどれほどいるのでしょうか。

黒澤明監督は別格として、小津安二郎、宮崎駿、北野武、ルキノ・ヴィスコンティ、デヴィッド・リンチ、そしてイングマール・ベルイマン。

チャーリー・チャップリン、セルゲイ・エイゼンシュタイン、ジャン・ルノワール、ジョン・フォード、ウィリアム・ワイラー、オーソン・ウェルズ、アベル・ガンス、スタンリー・キューブリック、ジャン・リュック・ゴダール、フランシス・F・コッポラ、溝口賢二、大島渚、小林正樹、伊丹十三、ベルナルド・ベルトリッチ、ルイ・マル、クエンティン・タランティーノ、クリント・イーストウッド、ジェームズ・キャメロン、ペドロ・アルモドバル、ラース・フォン・トリアーなど、名だたる映画人でさえ、傑作は10本ないでしょう。

ウッディ・アレンでなくても、いえ才人ウッディ・アレンだからこそ、その嘆きにも説得力がありますね。

参考 走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹著 / 文藝春秋)

神の沈黙 (2007.7.31)
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2009年12月27日

エポックメーキングな映画

エポックメーキングな映画というものがあります。

「戦艦ポチョムキン」、「イントレランス」、「風と共に去りぬ」、「市民ケーン」、「羅生門」、「七人の侍」、「用心棒」、「2001年宇宙の旅」、「スターウォーズ」、「地獄の黙示録」、「乱」、「パルプフィクション」、「マトリックス」、「タイタニック」、「千と千尋の神隠し」 ・・・

これらの作品は後にさまざまな亜流作品を誘発しますが、それは、魅力的な登場人物や斬新な脚本構成、または撮影技術などにおいて、まさに革新的であったから。

今公開中の「アバター」もしかり。

監督のジェームズ・キャメロンは自ら3Dカメラを開発。
カメラの2本のレンズの間隔を人間の目と同じにすると共に、近接物には人間の目が中央に寄るようレンズをロボット化。 また、メガネもスクリーンからの信号を受け、左右交互に見えるようにしました。

しかし、「アバター」がスゴイのは、衛星「パンドラ」の環境や生物相をはじめ、ナヴィ族の言葉や慣習などを天文学者や生物学者、言語学者などの専門家を動員してまったく0から作り上げ、3D技術を駆使することでその世界感を最も効果的に表現したこと。

そしてなにより、
「まず興味深い主人公を作り、その主人公を新しい世界に放り込み、さらに脇役たちも魅力的にすることで、そこに人間関係が生まれ、やがて障害が起こり、それを克服していく」(監督談)しっかりとした物語を作ったこと。

だから、
「アバター」にパワードスーツが出てくるからといって、ロボットが登場する最近の映画(「トランスフォーマー」とか、「ベクシル」とか、「アイアンマン」とか)なんかとは、まったく別次元の美しい映画です。


秋の夜長に観てみんとす (2007.9.30)
アーバンとガンダムに見る両用技術戦略の大きすぎる溝 (2007.11.9)
キレイはきたない、きたないはキレイ (2008.6.3)
ロボットの本格普及のカギは、U2 (2009.3.15)
それぞれのグラン・トリノ (2009.5.5)
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2009年03月15日

ロボットの本格普及のカギは、U2

30年間、世界のトップを走り続ける心境というのは、一体どんなものなのでしょう。
しかも、時代ごとに自己変革を行い、それでいて社会的問題への一貫した関与と強いメッセージ。

「U2 3D」を観ました。
2006年の「ヴァーティゴ・ツアー」での南米4か国のLive。

iPodのCMで使われた「Vertigo」でスタートした映画は、北アイルランドの血の日曜日事件を取り上げた「Sunday Bloody Sunday」、アメリカの対ニカラグア対策を批判する「Bullet The Blue Sky」などの政治色の強い曲では、赤と黒を基調とした暗めの色彩で戦闘機の映像、世界人権宣言やマーチン・ルーサー・キングなどのメッセージがあふれ、「Pride」から「Where The Streets Have No Name」では、カラフルな南米4ヶ国の国旗をはじめ、電飾上を派手な色彩が縦横に流れます。

南米のオーディエンスのノリは半端ではなく、その熱狂振りはサッカーのワールドカップで優勝したのかと思うほど。

U2は、これまでも巨大モニターや最先端の照明装置をスタジアム会場に持ち込み、ステージ空間をデジタル信号の洪水にしたり、紛争下のサラエボからの衛星TV中継やインターネット経由の音楽配信、iPodとのコラボレーションなど、常に新しいテクノロジーを積極的に取り入れてきました。

このLive映像の3Dも、映画館でしか体験できないまったく新しい音楽映像表現であり、間違いなく今後のトレンドになることでしょう。
(郊外のシネコンでは、貸切り(一桁の観客)状態なのが気になりますが)

そう考えると、ロボットの本格普及のカギも、U2がLiveでロボットを使うようになったときといえるかもしれません。

U2は今年6月、観客がさえぎるものなく視界を確保できる「360°ツアー」をスタートさせます。

英米で初登場1位を記録したニュー・アルバム『ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン』をひっさげて、ヨーロッパ、北米のほか世界100都市を予定しているようなので、日本公演もきっとあるでしょう。

ちなみに、社会の現状に強い関心を示すU2らしく、入場料は最高でも100ドル以下、最低料金は30ドルくらいにするようです。

U2と同時代に生きる我々は幸せです。


 「アフリカ」と洞爺湖サミット饅頭(2007.6.11)
小よく、大を制す(2008.6.5)
恥を知れ、アメリカ(2008.7.14)

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2008年06月03日

キレイはきたない、きたないはキレイ

シネコンの普及とともに映画の鑑賞スタイルはずいぶん変わりました。

僕もインターネットで日時を予約し、上映ぎりぎりに車でかけつけ、窓口に並ばずに自動発券機でチケットを受け取り、鑑賞後はさっさと帰宅する。
レイトショーでほぼ貸切りで観る。プレミアスクリーンでゆったりくつろいで観る。

観る映画をあらかじめ決めずに、とりあえずシネコンへ行って上映時間の合う作品を観るという人も多いことでしょう。

郊外型のショッピングセンターに必ずといっていいほど併設されたシネコンは、最近は数が多くなりすぎて、淘汰の時代を迎えています。

そのため、デジタルシステムを導入して、スポーツやコンサートのライブ中継(先日のヨン様のイベントなども)や、演劇の映像化、3D映画の上映など、映画本編以外の「エンターテイメントの場の提供」に力を入れはじめています。

そんな中、ワーナー・マイカル・シネマズが「空気のキレイな映画館」をコンセプトに、三洋電機のウイルスウォッシャー機能付「空間清浄システム」を導入しました。

ウイルスウォッシャーというのは、「水道水を電気分解して生成した「電解水」で空気中の浮遊菌、ウイルス、花粉、臭いなどを抑制する」というもの。

劇場という大空間までもバイオクリーンルーム並みの清浄度を検証したといいます。

子供から老人まで不特定多数が来場するシネコン。風邪のウイルスや各種ダストが気になるという人も多いと思います。

「空間清浄」はシネコン差別化のひとつの試みとして、有効でしょう。

それにしても、どこもかしこも清潔でキレイになってしまうと、
シティロードを小脇に抱え、学校をサボってむさぼるようにモノクロ映画を観ていた、あのどんより湿った名画座時代が、懐かしい。
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2007年09月30日

秋の夜長に観てみんとす

この3ヶ月、レンタルDVDや映画館で集中的に映画を観ていました。

「トランスフォーマー」や「ベクシル」などの大味な作品は置いといて、単館もしくは短期間での上映のため、あまり知られていないけど心に残る日本映画(2003年以降)をご紹介します。

映画は、観たときの年齢や精神状態などで印象が変わるものなので、好き嫌いはあるかと思いますが、秋の夜長の映画鑑賞の参考に・・・

< >は、主な代表作

運命じゃない人 (内田けんじ監督)
バーバー吉野 (荻上直子監督) <かもめ食堂>
いつか読書する日 (緒方明監督)
美女缶 (筧昌也監督)
リアリズムの宿 (山下敦弘監督) <リンダリンダリンダ、天然コケッコー>
やわらかい生活 (廣木隆一監督)
狼少女 (深川栄洋監督)
アイランドタイムズ (深川栄洋監督)
犬猫 (井口奈巳監督)
ルート225 (中村義洋監督) <アヒルと鴨のコインロッカー>
蛇いちご (西川美和監督) <ゆれる>

レンタルショップに置いていない作品もあるので、インターネットのレンタルDVDのほうが借り易いかもしれません。

参考 : 0対35 (06.9.10)
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2007年07月31日

神の沈黙

癒しや涙、そして大げさに絶叫する映画を観る度、ムショウに観たくなる類いの映画があります。

それは、レネやゴダール、タルコフスキー、そしてイングマール・ベルイマンなどの作品。

「野いちご」、「第七の封印」、「処女の泉」などで有名なベルイマン映画は、宗教と人間をテーマとした、いわゆる「形而上的」な作品が多く、決して生易しい内容ではありませんが、その透徹とした人間描写は、「畏怖」という言葉が自然と思い浮かぶほど、観る者の気持ちをシャンとさせます。
「冬の光」、「沈黙」、「叫びとささやき」 ・・・

そんなベルイマン監督が亡くなりました
またひとり、美しい大人の映画を撮れる監督が居なくなってしまいましたね。

参考 :
0対35(06.9.10)
硫黄島の彼方 (07.1.14)
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2007年02月26日

アカデミー賞を活用したキャンペーン

今年の米アカデミー賞が発表されました。

「バベル」は未見なので、菊池凛子の演技がどの程度なのかわかりませんが、「硫黄島からの手紙」は製作側の志はすばらしいとは思うものの、「作品賞」に値するかは疑問だったので、結果は順当かなと思いました。
とはいえ受賞した「ディパーテッド」もリメイクなので、監督からすると複雑でしょう。
今回もスポーツイベント同様、日本のマスコミは騒ぎ過ぎです。

それより、昨年のディカプリオもそうでしたが、トヨタのプリウスや電気自動車で会場に乗り付けたハリウッドスターが目立ちました。今回は特にドキュメンタリー部門で地球温暖化を取り上げた「不都合な真実」が受賞したこともあり、より効果的なキャンペーンになりましたね。

キャンペーンを仕掛けたのは、ゴルバチョフ元ソ連大統領が主催する環境保護団体「グローバル・グリーン」の米支部。環境にやさしい自動車を、環境意識の高いスターに貸し出しました。今年で5回目だそうです

スマートで、非常に効果的なキャンペーンだと思います。
かつてグリーンピースと仕事をした際も思いましたが、欧米のNGOの問題訴求のやり方は本当にうまいです。

参考コラム : グリーンフリーズ (06.1.12)
硫黄島の彼方 (1/14)


posted by カーサ at 18:32| Comment(0) | TrackBack(1) | シネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

硫黄島の彼方

土曜日の夜、「硫黄島からの手紙」を観てきました。

黒澤明監督の幻の映画、山本五十六と真珠湾攻撃を描いた「虎! 虎! 虎!」のように、孤立無援の戦いを強いられた栗林中将のトラジティ(悲劇)を描いた映画と捉えることもできるし、パン屋を営む庶民・西郷の家族愛を描いた映画とも捉えることができる、映画を観た人それぞれが様々な想いを抱けるような作りになっています。

もちろん、アメリカ生活体験者の栗林中将やバロン西が理想的な良い指導者像として描かていたり、5日もあれば陥落するといわれた硫黄島を長期にわたり死守した栗林中将の緻密な戦略の全体像や地下要塞下での想像を絶する飢餓の実態など、もっと描いてほしいことはたくさんあったとは思います。

実際、昨年夏に放映されたNHKスペシャル「硫黄島 玉砕戦」のほうがそのあたりの実情をしっかりと描いていたと思いますが、
今やハリウッドの良心となった感のあるクリント・イーストウッド監督は、現場叩き上げのカツドウ屋らしいどっしりとした映像リズムと独特のリリシズムを漂わせながら、硫黄島の戦いを押さえた色調で静かに描いていきます。

説明のための描写はなく、戦争を真摯に見つめる、イーストウッド監督らしい映画です。
TVではなく、是非映画館で観ることをお勧めします。

ちなみにこの映画の製作はスティーブン・スピルバーグ。
硫黄島の彼方に、アフガンやイラク戦争、そして9.11以降の眼差しを、感じます。

参考コラム :
陸・海・空ロボット (7/11)
ロボット兵器の行方 (7/14)
ヒズボラ・ロボット・アタック (7/19)
慶びの地と哀しみの地 (9/6)
0対35 (9/10)
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2006年09月10日

0対35

昨日、女子大初の大学硬式野球リーグに加盟した中京女子大が、初めての公式戦を行い、男子チームの名古屋外国語大に0-35で敗れました。

学生の頃から映画を観てきて不思議に思っていたのは、「ピアノ・レッスン」のような例外を除き、女性監督によるすばらしい作品が何故出てこないのかということ。

脚本が書ける才能があっても、精神的にも体力的にもタフさが必要な映画作りは、スタッフをまとめ上げるリーダーシップ力なども問われるので、そういったことも要因としてあるのかなとも思いますが、
なにより「想像力」が問題なのでは、と思っていました。

ところが、今年公開された女性監督による映画、「かもめ食堂」と「ゆれる」。

日常生活のひとつひとつ、登場人物のひとりひとりをじっくり丹念に描き、
画面と対話」できる、すばらしい作品でした。

それぞれの作風は異なりますが、どちらも登場人物を見つめる視線が厳しく、
「想像力」というより、生きる「迫力」を感じます。

ロボット業界は、映画業界以上に男が多く携わる世界。

今後、女性ならではの「生き生きとした」ロボットを是非見たいと思います。
最初は0対35であっても・・・
<つづく>

参考コラム : 男が似合う職業 (3/10)

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2006年04月28日

理想のロボット

映画監督の伊丹万作は映画を作るうえで大切なことを3つ上げています。

@お客を楽しませることができるか
「寅さん」シリーズやインディジョーンズシリーズなんかですね。

Aもうけることができるか
これは、ほとんどの映画製作者が目指していること。

Bどうしても訴えたいか
チャップリンの「独裁者」やドキュメンタリー映画なんかですね。

もちろんB級映画といわれる映画が好きな人もたくさんいるわけで、上記3つにあてはまらない映画はたくさんあります。

ロボットの場合はどうでしょう。あえて3つあげるとすれば、

@人々を楽しませ、豊かな時間を共有することができるか

A人々のニーズに合い、たくさん売ることができるか

B人々の役に立ち、よろこんでもらうことができるか

「タンポポ」や「ミンボーの女」を作った万作の息子十三は、父親の教えを守って(かどうかはわかりませんが)、自分の訴えたいテーマで、人を楽しませ、ヒットする映画を作りました。

ロボットはまだまだ開発途上ですし、作られるロボットも多種多様。
規定することにあまり意味はないかもしれませんが、

作り手の意思がロボットに反映され、役立つことで人々が喜こび、結果としてたくさん売れるロボット

が出てくるのが理想ですね。

もちろん言うは易し。でも伊丹十三にできて、ロボット開発者にできない理由ないと思いますが、どうでしょう。

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